社員旅行で沖縄へ その5
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そもそもエコという言葉の使われ方に疑問を持たずにはいられない。
昨今、エコ=正義という図式が氾濫していて、それは結局のところマーケットのカードの1枚として重要なウェイトをしめているに過ぎない。エコと表記すれば、それだけで売れる。むしろ表記がなければ売れない。もちろん真剣にエコ活動に取り組んでいる人もいるというのも事実。
エコ=お金という図式を切実に感じたのが、映画「不都合な真実」。エコを訴えるのならば映画にする必要はない。地上波、webで流せばいい。未だ京都議定書に署名しないアメリカ人の撮った映画は、国では温室効果ガスは世界で一番排出しつつがっぽり儲ける。しかし環境については考えさせられたし、その辺のやり方はかなりうまい。
前置きは長くなりましたが、私の行っているエコ活はフードマイレージです。
「フードマイレージ」は、食べ物が運ばれてきた距離のこと。海外の食べ物は日本まで膨大なエネルギーを使って運ばれてきます。つまり国産食品を買うことは、輸入食品を買うよりも、かなりのCO2を減らすことができる。無農薬とかだったりしたら健康にも良さそうだし、なんといってもおいしい。お財布にはきびしいのですが、ここぞというときは国産食品を買うようにしています。
(maeda)
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2009年4月号の「住宅建築」という建築雑誌に私のスケッチが掲載されております。
掲載されたのは「東チベット高原、棚田と版築住居の集落」という特別記事の中で、文が齊藤祐子先生、写真が北田英治氏。2007年8月21日の「チベット小学校建設調査の旅」というblogにも掲載したスケッチです。タイトル通りの「棚田と版築住居の集落」を北田さんの素晴らしい写真とその詳細が斉藤先生の文章となっているので興味のある方はお手に取ってみてください。
計画していたチベット小学校のその後ですが、もうすでに竣工しており授業も行われています。イ族の伝統木軸によって小屋組された素晴らしい学校となっています。下の写真は開校式の模様。現在全校生徒が105人(1年級:67人、2年級:21人、3年級:17人)とのことです。
計画地である涼山彝族自治州甘洛県尼爾覚郷ネァト村にも四川大地震の影響があり、竣工してはいるものの耐震補強等の工事はまだ残っています。これからはもっと積極的にこのプロジェクトに係わっていきたいと思う。
( maeda )
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これはローマの遺跡ではありません。
一般的なコンクリートブロックは、右図のように3つ穴があいており、それがアーチのようになりました。
アーチ、コンクリートブロックのテクスチャ、振動ドライバーであけた穴が、まるでローマの遺跡のような雰囲気を醸し出しています。
これは、FTA で行った TAMA の追加工事です。
TAMA は2007年4月にオープンした渋谷にある沖縄&中華料理そしてワインが出るダイニングです。
厨房スペースにトレイ及び伝票を収納する場がほしいとの要望があり、コンクリートブロックをひとつ取り除き、そこにトレイ置場を挿入しました。マッスな厨房に上面からはシンクのヴォイドがあき、追加工事により側面からもヴォイドがあけられた状態となりました。
竣工時
追加工事後
使用状態
(maeda)
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事務所近くパチンコ屋にて、山手線のホームからのどうどうたる宣伝。グランドオープン営業継続中。
2の付く日は花の慶次
4の付く日は冬のソナタ2
□の付く日は必殺仕事人
おしい。
代替非常用進入口が位置しているため広告を四角く欠いているのである。
建築基準法では、建物の高さ31m以下の部分にある3階以上には、火災時等の非常用侵入口の設置が義務づけられている。また、進入口外部に、奥行1m以上、長さ4m以上のバルコニー設ける必要があるが、今回のケースではバルコニーがないため非常用進入口に代わる進入口を設置し、非常用進入口の設置義務を除外している。
それにしても、大事な情報の部分が抜けるのは情けない。
うまいケースもある。
渋谷駅に展開されているCHANGEの広告である。
一見、非常用進入口(これも代替非常用進入口)なんてないように見えるが、よく見ると赤い逆三角マークがついている。開口部にあわせて広告に切れ目を入れている。
ひし形状の開口部は、非常用進入口の開口条件である直径1m以上を満たしていると思われる。
さすがにキムタクの顔を欠くわけにはいかないですからね。
(maeda)
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「28日後」(dvdにて)、「28週後」(劇場にて)というホラー映画を観た。
「28日後」の続編が「28週後」である。
ホラー映画と戦争映画は観ない。というのが、いつのころからか自分の中にあった。
アメリカで撮られる戦争映画は勧善懲悪、アメリカ第一主義を押し付ける印象しかないし、ホラー映画は刹那的な恐怖を煽るだけとしかみていなかった。そもそもホラー映画は撮る・撮られる意味がわからなかった。
しかし、「28週後」を観てからその考えは変わった。
まずは簡単にストーリー紹介。以下ネタバレあり、注意!
「28日後」:ロンドンに人が凶暴化するウィルスが蔓延。ウィルスに感染すると20秒後にゾンビ化し、ダッシュで襲ってくる。運良く生き残った主人公は感染者から逃れるため、出合った仲間ともに息を潜めているしかない。たまたま受信した軍のラジオ放送を頼りに人里離れた田舎で陣営しているキャンプへと向かうのである。
「28週後」:英国全土にウィルスが蔓延し、英国は世界から隔離される。時とともに感染者は餓死し、米軍のもと復旧作業が行われる。映画はここからはじまる。英国市民はロンドンの一区画のみで米軍監視のもと生活を送っている。街にはいたるところに銃器を持った米軍兵士によって保護(管理)されている。ロンドン市街地以外はまだ、感染者の死体がそのまま放置されていたり、もしかしたら感染者がいるかもしれないため危険なのだ。そんな中、特殊な遺伝子の持ち主でウィルスと共存しあって生き伸びていた感染者が見つかる。ウィルスに免疫があるのだ。しかし不幸なことにそのウィルスから、あっという間にロンドンは感染していくのである。
1作目は、驚くほど早い感染、ダッシュで襲ってくるという新しいゾンビ像がコンセプトの中、「人間が敵なのか?感染者が敵なのか?」狂気の中で人は選択にせまられるということがテーマである。
2作目は、安全のために米軍が監視してくれているのだが、誰のための安全かというのがテーマ。それは結局英国市民のためでなくアメリカのため。まさに現在の世界情勢を揶揄している。感染が広がり、逃げる英国市民、追う感染者、それを銃撃する米軍兵士。しかし、あまりの混乱のため英国市民と感染者の区別はつかない。そこで指令されたのが双方とも殲滅せよということだった。ここからは地獄絵図である。この部分は、「28週後」のもっとも見せたかったシーンだと思った。
ホラー映画(エンターテイメント)の中で社会批判を表現することができるというのは予想外だった。撮る・撮られる意味が30前にしてようやくわかった。
あと、感じたことはホラー映画は劇場で観るのにかぎる。家でひとりで観るのは怖くて観たくないというのもあるが、スクリーンの大きさ、大音量のせいか想像以上の爽快感があった。3作目(「28月後」?)が計画されているみたいなので、公開されたら必ず劇場で観ます。
(maeda)
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突然ですが、クイズです。
この写真を観て何か気づかれた方はいるでしょうか?
写真左側の螺旋状のものは、階段ではなく実はスロープなのです。しかも6階分ものスロープ。これは法規的には避難設備。しかし有事には、1Fに着いたときに目が回ってまっすぐ走れないかもしれません。
なぜこのような建物が目についてしまうようになってしまったかというと、彰国社より出版された吉村靖孝 編著の「超合法建築図鑑」を読んでからです。「街は建築法規の生きた教科書です!」とうたうこの本は、合法すぎて周囲から妙に浮いてしまった愛すべき「超合法建築」の数々をサンプリングしているものである。そもそもは建築法規の逆引き、つまり街歩きをしていて出くわす建物から法規が見えてくるのではないかというところから、このサンプリングは始まったとのことで、経済効率で立てられる建物が多い日本では逆引きできる可能性が高く、このサンプリングには価値がある。
さて、上の建物のはなしに戻るが、このちょっとおかしい螺旋スロープはどういう法規のもと成り立っているかといると、この建物の3Fに保育所が入っています。そこで、児童福祉施設最低基準 第5章 保育所(設備の基準) 第32条 第1項8号のロより、耐火構造の屋外傾斜路を3階の避難用設備として扱っているのです。3F以上に関しては、それをそのまま上へあげているのではないか?ここの整合はまだ取れていません。用途もあるし、地域の特別な条例もあるし、わかる方がいらしたらぜひ教えて頂きたい。
「超合法建築図鑑」の中では「避難すべり台」として、都内の保育所の例が同様に掲載されている。(maeda)
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某ゼネコンの木工所見学に行く機会があり、参加してきました。
木という素材は、最も身近なものであり普段から何気なく使用している。法隆寺を美しいと感じる日本のDNAを受け継いでいる中で、その木という素材を再考する機会になった。
まずは乾燥炉の説明があり、昔は約1年自然乾燥させたものを使用していたが、今では機械で強制的に乾燥を行っている。それでも45日はかかってしまう。それ以上はやくしてしまうと反りがあったり割れができてしまったりする。
次にツキ板の製造工程を見学した。ツキ板とは、0.2mm~3.0mm程度の厚さに削って作られる薄い板で、この薄いツキ板を合板などの板に貼り付けることにより、美しい木目を活かした木材を製造することができる。このことは知っているつもりだったが、実際その製造工程をみてみると驚きと再認識の連続だった。
台板となる板に糊を均一に塗り、木目を合わせるように2人の職人も息を合わせてツキ板を貼っていく。同じリズムで貼り合わせ、まさに阿吽の呼吸である。一枚一枚のツキ板の間隔は木材の膨張から変えていくとのこと。この間隔は職人の経験によるものである。この貼り合わせた板を蒸気とプレスによって接着していく。このときはサクラのツキ板を行っており、105度、5kgという条件でプレスを行っていた。プレス後でもツキ板の表面は十分美しいが塗装を行うとムラになるので、0.2mmの薄い板にさらに研磨をかけ表面を平滑にする。
以上がツキ板の製造作業である。(写真3~6参照)
最後にツキ板の貯蔵庫を見せて頂いた。そこにはまるで老舗のワイナリーのワインセラーのような厳粛な空気が流れていた。木工所となじみになると貯蔵庫の奥から年代物のワインがでてくるようにいいツキ板がでてくるとのことです。
(maeda)
--------------1.貯木-------------- -------------2.ツキ板-------------
-------------3.糊の塗布------------ -----------4.ツキ板貼りわせ----------
--------------5.プレス------------- -------------6.研磨---------------
------------7.ツキ板貯蔵庫----------- ------------8.ツキ板------------
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青山真治監督作品「sad vacation」を観てきた。
これは日本映画ではない、北九州映画である。というのも、何より方言である。
(上映中は福岡の映画だと思っていたが、一緒に観にいった福岡出身の友人曰く、福岡と北九州では違った雰囲気があるらしい)
セリフの北九州弁は、劇中の前後からニュアンスは把握できるが、厳密な言葉の意味まではわからない。映画を観るということは、観る側の様々なフィルターを通して映像体験するという行為である。東京出身の僕にとっては、北九州の言葉がわからない。同じ日本でありながら、言葉がついていっていないという状態で鑑賞したわけである。
本映画のDMには、「“すべてを包み込み美しく生きる”ゆるぎない女たちの物語」とある。これはまさにそうで、この映画のテーマは母性である。
(以下、ネタバレあります。)
密航の手引き、運転代行、運送屋と生産性がなく流れていく、流されていく運命みたいなものをシンボライズされた職を転々とする浅野忠信扮する主人公の健次。彼は少年時代に母に捨てられた恨みを捨てきれず、復讐の念を抱いている。偶然の出会いから母と再開し、念願の復讐を果たす。彼の思いは達成されたかにみえたが、母はそれを優しく包み込んだのだ。
勝ち負けの問題ではないが、息子(父性)は母(母性)には勝てない。最後に笑うのは、母なる女なのだ。
なぜ、そこまで強く、そして笑って生きていくことができるのか?
母性を持っていない男性にとってそれは理解しがたいことであり、恐ろしいのだ。普遍的なテーマではあるが、ここまで淡々とみせられたことはない。
(maeda)
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デイヴィット・リンチ監督作品の「INLAND EMPIRE」を観てきた。
公開は7/21。リンチのことだから最良のコンディションの中で観なければ、この映画を処理できないのではないかと思っていた。忙しさを理由にして、なかなか観に行くことができなかった。この日が最良だったというわけではないが、課題は残っているし、映画もそろそろ終わってしまうのではないかと思い、髪を切ってから勇気を出して観てきた。しかしねばった甲斐はあったのだ。
恵比寿ガーデンシネマの9/16の18:35の回に神は降りた。
上映時間になり、カーテンが開きながら予告編から映画は始まった。しかしカーテンは途中で止まってしまった。予告編が続くが途中でスタッフが気付き、フィルムは止まり電気が付く。機械の故障でカーテンが開かないのだ。その後スタッフが入ってきて、スクリーンの裏の蛍光灯がつき、スタッフがスクリーンの裏を上っていくのが見えた。スクリーンは思ったより透過性がある。梁があるためか頭をかがめてスクリーンの裏を上手から下手へ渡っていくのが確認できた。
これらはすべてリンチの仕組んだモノである。
これらをすべてひっくるめたモノが「INLAND EMPIRE」ではないのか?
とまあ、そんなことをつい思ってしまった(そんなことはあるわけがない・・・)。それがリンチ。カーテンが開ききると拍手喝采。結局、予告編無しで18:55からの上映となった。
上映後お詫びのしるしにポストカードをもらいました。
とはいえ、上映時間3時間のこの映画は混沌に混沌が続き、処理はできなかった。明らかにオーバーロードしていた。もう1度、観たい。
(maeda)
真ん中のポストカードをゲット
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今年の夏は約2週間(7/31~8/12)、東チベットへ行ってきた。個人旅行ではなく、NPO法人チベット高原初等教育・建設基金会が行っている小学校建設の調査があり、具体的な情報があったというわけではないのが、チベットいういわば聖地に幻想を抱いていたのも相まって参加してきた。
このNPOでは、すでに四川省理塘県曲登郷で建設を支援した伝統的なチベット式石積み建築の小学校が2004年9月に開校し、約200名の子ども達が元気に学び、その後も交流をしながら、就学支援を続けている。伝統的な工法で小学校を建設し、支援をしたというところにも興味があった。
計画の内容としては、四川省成都(三国志で有名な蜀の都)から350キロ離れた山岳地域、涼山彝族自治州甘洛県尼爾覚郷ネァト村に小学校校舎と教師宿舎を建設するというもの。ネァト村からは街の中心校が遠く(歩いて1時間半から2時間)、建設する必要があると判断したらしい。政府の資金は中心校へ行くが、偏狭の地まではなかなか届きづらい。
この地はラサで有名なチベット自治州ではなく、涼山彝族自治州という少数民族 彝族(イ族と読む)が多く生活する地域である。イ族は、チベット系の民族で、漢民族とまったく異なる文化をもち、世界で最後まで奴隷制度を保持し、歴史上、南詔国、羅殿国などのいくつの国をつくった。
こんな場所に小学校を計画するというものであった。
まず道なき道をつき進み、小学校建設予定地を訪問した。高原ではなく、美しい棚田が広がる山間部であり、切妻の建物が連なっているため、かつての日本のよう、日本が失ってしまった景観のようにも感じた。経済的な意味ではないが、ある種の豊かさを感じた。
教育局との小学校建設の打ち合わせにも参加してきたが、ここでも「豊かさ」という言葉がキーワードになった。しかし、この言葉の意味には互いの認識が異なっており、説明に時間を費やしたが、結局最後まで伝わらなかったと思う。ようは、教育局はただ単にお金がほしいだけという事実。
役所との打ち合わせを済ませてから、彝族の生活及び社会現状を民家の実測し、ヒアリングをしながら調査してきた。彝族の伝統建築は木造で小屋組を支え、中庭に面する壁面が木造でそれ以外の壁面が版築でできているものである。高度が高いところに建てられているものが多く、風よけ、外敵から身を守るため開口部はほとんどない。日差しは強く体感温度は高いが、室内は涼しい。理にかなっている建築家なき建築群には、かなり惹かれ、スケッチをしまくった。特に木造軸組に惹かれた。これがなければここまで描かなかったと思う。
しかし建築の現状はというと、木材を勝手に取ってはならないという決まりができてしまったらしく、粗いコンクリートブロック造、レンガ造、版築造という建築に置き換わっている。合理主義的な時代の流れが押し寄せているというのが感じられた。美しい棚田にコンクリートブロック造はいかがなものか・・・
何が正しくて、何が間違っているかはわからない。小学校を伝統的な工法で建設し、彝族の優れた伝統を意識させ、関心を寄せさせることができるのではないか?中国政府ができなくてNPOだからできることがあるのではないかという議論が交わされた。
旅の途中で、涼山彝族自治州の州都西昌で西南チベット系の少数民族のもっとも盛大な祭りである松明祭(火把節)があり参加してきた。観光化されていて現代的な祭り(いやフェスティバル?)となってはいたものの、道路を封鎖してみんなで松明を投げ合い踊る祭りは楽しかった。是非246でもやってほしい。
以上いろいろと考えさせられた旅となった。
なお、現在小学校の設計中です。ボクなりに考えた案を提出したいと思います。
あと、最後に今回の旅での最大のハプニングはカバンごとパスポートをタクシーに忘れてきたこと。でもタクシーの運転手がホテルに届けてくれました。中国人ってイイ人が多い。ホントよかった。謝謝
(maeda)
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4/3(火)夜発、4/6(金)朝着というきびしいスケジュールの中、直島、金比羅と回ってきました。
4/4(水)
直島 NAOSHIMA STANDARD 2
地中美術館(安藤忠雄)
香川県立体育館(丹下健三)
香川県庁舎(丹下健三)
4/5(木)
香川県立東山魁夷せとうち美術館(谷口吉生)
丸亀市猪熊弦一郎現代美術館(谷口吉生)
物質試行47 金刀比羅宮(鈴木了二)
倉敷市市立美術館(丹下健三)
倉敷美観地区
直島には4年ぶりに行きました。当時、地中美術館はまだ建設中でした。今回は自転車をレンタルして、開催中の「NASHIMA STANDARD 2」を観て、安藤忠雄さん設計の地中美術館を観てきました。
「NASHIMA STANDARD 2」
この展示は5年前にもあり、直島の民家や自然に各アーティストが作品を展示するというもの。大竹伸朗さんの作品のように民家自体が作品となっているものもあった。
特に良かった作品は、デイヴィッド・シルヴィアンさんのサウンド・インスタレーション。ようは音(音響)です。この音が入っているi-podを借りて、民家を歩きながら音の作品を鑑賞するというもの。特に日本の楽器を使用しているとかじゃないけど、なんかすんなりと入ってきて、気持ちいいものにさせてくれるオトと街並みとがシンクロする。直島には猫が多いのだが、その猫が路地裏から出てきて、その後をついて行くと神社にたどり着いたりする。こういう不思議な感覚がおもしろかった。
「地中美術館」
安藤忠雄設計のこの建築は、モネ、ジェームズ・タレルとウォルター・デ・マリアの作品のために建てられた美術館である。贅沢な空間である。この日は曇っていてところどころ雨が降ったりした日だったのだけど、地中美術館にとって曇りが意外とよかった。それはコンクリートの壁に挟まれた空間の上に鬱蒼と曇った空がまるでコンクリートの天井となって一体化していたのである。
地中美術館はもう一度ゆっくり観てみたい。今度は「NAOSHIMA STANDARD 3」のときですね。
つづく・・・
写真1:NAOSHIMA STANDARD 2
写真2:大竹伸朗作品
写真3:宮島達男作品
写真4:SANAA作品
写真5:ベネッセアートサイト直島オフィス by西沢立衛
写真6:コーンのゴミ箱
(maeda)
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